映画『オデュッセイア』
<ストーリー>
トロイア戦争を終えたイタケの王オデュッセウスは、妻と息子が待つ故郷への帰還を目指す。
しかし神々の怒りを買った彼の前には、一つ目の巨人や魔女、荒れ狂う海の怪物といった幾多の試練が立ちはだかる。
一方、王の不在が続く故郷では、王妃ペネロペに求婚者アンティノオスの影が忍び寄り、まだ見ぬ父を思う息子テレマコスも窮地に追い込まれていた。
愛する家族のもとへ帰り着くため、オデュッセウスは過酷な運命に立ち向かっていく。
そもそも『オデュッセイア』とは何なのか。ここから理解しておかないと、この映画はかなり難しい。
『オデュッセイア』は、古代ギリシアの叙事詩で、伝統的にはホメロスの作品とされている。
もう一つの代表的な叙事詩が『イリアス』で、こちらはトロイア戦争を背景に、英雄アキレウスを中心とした物語が描かれる。
一方、『オデュッセイア』は、そのトロイア戦争が終わった後の話である。
トロイア戦争では、現在のギリシアにあたる地域の一つの国が戦ったのではない。
ミケーネやスパルタなど、ギリシア世界に存在していた複数の王国・都市国家が連合してトロイアを攻撃した。
オデュッセウスも、その一つであるイタケの王として戦争に参加していた。
ギリシア軍はオデュッセウスの策略による「トロイの木馬」でトロイアを陥落させる。
ところが、戦争が終わってもオデュッセウスは故郷イタケに帰れない。
トロイアからの帰還途中、海神ポセイドンの怒りを買い、キュクロプスや怪物たち、嵐や神々に翻弄されながら、十年にも及ぶ漂流を続ける。
その間、故郷では妻ペネロペが夫の帰還を待ち、息子テレマコスも成長していく。
最終的にオデュッセウスはイタケへ戻り、自分の王国と家族を取り戻す。
ざっくり言えば、「戦争から帰った英雄が、さらに十年かけて故郷へ帰る物語」なのだ。
ただ、正直に言えば、私にはこの前提そのものが難しかった。
私は大学受験で日本史を専攻したので、古代ギリシアについての基礎知識がほとんどない。
特に、「ギリシア」というものを、現在のギリシアという一つの国と同じ感覚で考えていたことが大きかった。
古代ギリシア世界では、アテネやスパルタなど、独立した「ポリス」と呼ばれる都市国家が多数存在していた。
つまり「ギリシア国王」が一人いるわけではなく、それぞれの政治単位に王や指導者がいた。
トロイア戦争でいう「ギリシア軍」も、一つの国家の軍隊ではなく、複数の勢力が集まった連合軍なのである。
この基本構造を理解していなかったため、僕は映画の世界に入る以前の、いわばファンダメンタルな部分でつまずいてしまった。
考えてみれば、映画を楽しむためにも、世界史の大きな流れを一度押さえておいたほうがいい。
古代ギリシアからローマへ、そしてキリスト教の成立と拡大を経て、中世ヨーロッパへ。
このくらいの流れをざっくり理解していれば、「なぜこの人たちはこういう世界観で生きているのか」が、もう少し見えてくるはずだ。
とはいえ、世界史としてのギリシアに造詣がなくても、本作を別の角度から楽しむことはできる。
キュクロプス、ライストリュゴネス族、スキュラ、カリュブディスなど、次々に現れる異形の存在を見ていると、これはもう「ギリシア神話の怪獣映画」として楽しんでもいいのではないかと思えてくる。
歴史や神話の知識が十分になくても、巨大な怪物、海、船、神々、英雄という要素だけで成立するスペクタクルはある。
私の場合、世界史の基礎不足で物語への没入はかなり妨げられたが、逆に最後は「古代ギリシア版の怪獣映画」と割り切ることで、かなり楽しめた作品でもあった。
