祝 日本アカデミー賞 河合優実『あんのこと』

河合優実が、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得した。
おめでとうございます。
受賞作品である『あんのこと』は、劇場で観ていなかったので改めて配信で観させていただいた。
<ストーリー>
21歳の主人公・杏は、幼い頃から母親に暴力を振るわれ、十代半ばから売春を強いられて、過酷な人生を送ってきた。ある日、覚醒剤使用容疑で取り調べを受けた彼女は、多々羅という変わった刑事と出会う。
大人を信用したことのない杏だが、なんの見返りも求めず就職を支援し、ありのままを受け入れてくれる多々羅に、次第に心を開いていく。
週刊誌記者の桐野は、「多々羅が薬物更生者の自助グループを私物化し、参加者の女性に関係を強いている」というリークを得て、慎重に取材を進めていた。
ちょうどその頃、新型コロナウイルスが出現。杏がやっと手にした居場所や人とのつながりは、あっという間に失われてしまう。
行く手を閉ざされ、孤立して苦しむ杏。そんなある朝、身を寄せていたシェルターの隣人から思いがけない頼みごとをされる──。
正直言って、河合優実が出演している作品はあまり観てなかった。おそらく、TBS『不適切にもほどがある』くらいではなかったろうか。
確かに『ふてほど』はよかった。
しかし、そこまで評価されるほどの女優さんなのか?今までは、よくわからなかった。
しかし、なるほどである。
すごかった。
予告編の写真を見た時、『ミッシング』の石原さとみに似ているな、と思っていた。
そして映画を観て、その熱演ぶりも石原と被るものがあった。
ただ『あんのこと』の河合は「自然体」で役をものにしていると感じた。
しかし『ミッシング』の石原は、ホリプロタレントスカウトキャラバンからある種エリート街道を歩んできた女優が、文字通り「頑張っていた」感があったことを思い出した。
昨年5月のブログで石原の演技をほめたが、同時に鑑賞後感があまりにもつらく感じた。
それは今思い返すと、彼女の演技が「熱演」だったことにも起因しているのではないだろうか。
観た後も、本来起こるべき主人公への「感情移入」というより、石原本人への感情だったような気がする。
もちろん、『あんのこと』も「きつい」作品である。
しかしそれは、コロナや日本の現状(実は貧困が蔓延している)についての痛みであって、河合本人に対して起こる感情とはちょっと違うものだった。
おそらく、今回の日本アカデミー最優秀主演女優賞を石原さとみではなく河合優実が受賞したのも、アカデミー会員、いわばプロの投票として、その辺の差が出たのではないだろうか。
とはいえ、『ミッシング』は映画館で観たが、『あんのこと』は観ていない。
これは私の問題でもあるが、やはりミニシアター系の宣伝の難しさもあるのだと思う。
当時観ようと思った記憶がない…。
今回の日本アカデミー賞受賞作品はほとんど観ていただけに、これを観逃がしていたのがちょっと悔やまれる。