映画『ほどなく、お別れです』
泣いた…。
「これでもか!」ってくらい、泣かすエピソードのオンパレード。
やっぱり、「志田未来って、うまいな」。
<ストーリー>
就職活動に苦戦する清水美空には、「亡くなった人の声を聴くことができる」という、誰にも打ち明けることができない秘密があった。
そんな彼女に運命を変える出会いが訪れる。
彼女の能力に気づいた葬祭プランナーの漆原礼二から、葬祭プランナーの道に誘われたのだった。
なにかに導かれるように葬儀会社「坂東会館」のインターンとなった美空は、漆原とタッグを組み、妊婦の妻を亡くした夫、幼い娘を失った夫婦など、さまざまな家族の葬儀を通して、「残された遺族だけでなく、故人も納得できる葬儀とは何か?」という問いに向き合っていく。
やがて美空は、誰よりも真摯に故人と遺族に寄り添う漆原の姿勢に憧れを抱くようになり、自身も葬祭プランナーを志すことを決心する。
映画『ほどなく、お別れです』は、葬儀会社を舞台に、死と向き合う人々の姿を描いたヒューマンドラマである。
主人公が遺族と故人の間に立ち、それぞれの「言えなかった思い」や「間に合わなかった言葉」をすくい上げていく。
その一つ一つが、観客の感情を丁寧に揺さぶってくる。
物語の構造自体は決して奇をてらったものではない。
しかし、だからこそストレートに胸に届く。
中盤で思い出したのは、かつて社会現象的ヒットとなった映画『おくりびと』である。
あの作品もまた、納棺師という仕事を通じて「死」を静かに、しかし真正面から描いた。
『おくりびと』が、死を穢れや忌避の対象としてではなく、尊厳ある儀式として再提示したように、『ほどなく、お別れです』もまた、葬儀という場を「別れの儀式」であると同時に「残された者が前を向くための時間」として描く。
共通しているのは、涙を誘う仕掛けが決して大仰ではない点だ。
大音量の音楽や過剰な演出で泣かせにくるのではない。
むしろ、淡々と進む日常の延長線上に「死」があることを示す。
そのリアリティが、観る者の記憶を刺激するのだ。
誰にでも、見送った人がいる。言えなかった言葉がある。
その普遍性に触れたとき、人は抗えずに涙する。
志田未来の演技は、その感情の導線を的確につくる。
彼女は決して声を荒らげない。
だが、目の揺れや、ほんのわずかな沈黙で、葛藤や共感を表現する。
その姿に、観客は自然と感情移入してしまう。
また、葬儀の現場で働く人々のプロフェッショナルな所作も印象的だ。
遺族に寄り添いながらも一線を越えない距離感。
その節度が、この映画に品格を与えている。
そして、泣ける映画というのは、単に悲しいだけでは成立しない。
悲しみの先に、わずかな希望や再生の兆しが必要だ。本作はそこを外さない。
別れは終わりではなく、次の時間へと歩き出すための通過点なのだと、そっと教えてくれる。
志田未来以外も、役者はみんな良かった。
でもやっぱり、目黒蓮。彼のナイーブな青年役の演技は「好きだなあ…」。
