映画『ハート・オブ・ビースト』
私は犬、特に大型犬が好きだ。
その中でも、ジャーマン・シェパードは別格に大好きだ。
(あ、でも若い子は知らんかもしれんが、『名犬ラッシー』のコリーも大好き!)
<ストーリー>
かつて陸軍特殊部隊で生死を共にした退役軍人ジェームズと元軍用偵察犬で義足のオーディンは、現在も相棒として深いつながりで結ばれていた。
アラスカ上空を飛行中にアクシデントに見舞われた彼らは、「魔の領域(ハート・オブ・ビースト)」と呼ばれる奥地に不時着してしまう。
マイホームへの生還を目指し、互いを支え合いながら過酷な大自然を乗り越えていく彼らだったが……。
映画『ハート・オブ・ビースト』を観て、まず気になったのが、オーディンの「軍用警察犬」という仕事である。
本作では退役軍人ジェームズと、かつて彼と戦場を共にしたオーディンの関係が描かれるが、軍用犬という存在について改めて考えさせられた。
軍用犬、いわゆるMilitary Working Dogは、単なる「兵士の相棒」ではない。
軍や軍警察の任務を補助する専門職ともいえる存在で、爆発物や麻薬の探知、施設の警戒、パトロール、不審者の捜索や制圧など、さまざまな役割を担っている。
特にパトロール犬の場合、必要に応じて対象者を追跡し、命令によって噛みついて制圧する訓練まで受ける。
爆発物探知犬なら、人間には嗅ぎ分けられない微細な匂いを頼りに、爆発物やIEDを発見する。
実際、米軍では犬とハンドラーが一組のチームとして訓練され、犬だけでなく、ハンドラーも犬の微妙な反応を読み取る能力を求められる。
つまり軍用犬は、戦場において人間の代わりに危険を察知し、ときには人間より先に危険な場所へ入っていく存在なのだ。
そして本作でもう一つ重要なのが、犬にもPTSDが存在するということだ。
これは映画的な創作というわけではない。
米軍の軍用犬に関する臨床ガイドラインには「Canine PTSD(C-PTSD)」が明記されている。
爆発、銃撃、戦闘環境への長期・反復的な曝露などを経験した犬に、人間のPTSDに似た症状が現れることがあるという。
仕事を避ける、環境への反応が過敏あるいは鈍くなる、ハンドラーとの関係に変化が生じる、探知や服従などの任務に支障が出る、といった行動変化がサインになる。
そう考えると、オーディンという犬の姿が、単なる「かわいい犬」には見えなくなってくる。
私は犬好きだからかもしれないが、正直なところ、こういうつらい仕事を犬にさせることはいかがなものか、と思ってしまう。
犬は自分で「軍隊に入りたい」と希望したわけではない。人間が選び、訓練し、戦場へ連れていく。
そして人間と同じように、そこで傷つき、場合によっては心にも傷を負う。
もちろん軍用犬が多くの人間の命を救ってきたことも事実であり、現場のハンドラーにとって犬は道具ではなく、命を預け合う仲間である。
だからこそ、この問題は単純に「犬を戦場に連れていくな」と割り切れるものでもない。
映画はその矛盾を、オーディンとジェームズの関係を通して突きつけてくる。
そして、そんなことを考えながら観ていたにもかかわらず、私は結局、号泣してしまった。
『ハート・オブ・ビースト』は、いわば人間と犬のサバイバル映画なのだが、本当に描いているのは「生き残ること」だけではない。
傷ついた者同士が、互いを支えながら生きること。
その中心にいるオーディンの表情や仕草があまりにも切実で、言葉を持たない犬だからこそ伝わってくる感情がある。
犬好きとしては複雑な気持ちになる。
それでも、いや、だからこそ、この映画には泣かされる。
犬にこんな仕事をさせていいのかという疑問を抱きながら、それでもオーディンを応援せずにはいられない。
その矛盾そのものが、この映画のテーマなのかもしれない。
