映画『キングダム 魂の決戦』
私は『キングダム』の映画シリーズは、ここまで全作品を観ているし、アニメも観ている。
しかしコミックは読んでいない。
そして、もしかしたら、コミックファンは気がついていないのかもしれないが…。
「登場人物多すぎるし、中国語だから全然名前覚えられないよ…」。
<ストーリー>
馬陽の戦いで秦が大将軍・王騎を失ってから3年。王騎の思いを受け継ぎ、成長を続ける信は千人将に昇格していた。
そんな中、趙の宰相・李牧の策略で、秦以外のすべての国が手を組み、総数50万からなる「合従軍」が秦へ侵攻を開始する。
首都・咸陽の王宮では嬴政を中心に事態の対応に奔走するが、かつてない軍勢を前に、秦は国家滅亡の危機に追い込まれる。
信は同じ若き将である蒙恬や王賁とともに、秦の国門である函谷関へ向かい、同地には麃公、蒙武、騰、王翦、桓騎ら秦を代表する将軍たちが集結する。
一方の合従軍は、楚の春申君を総大将に、かつて祖国を蹂躙されたことで秦に恨みを抱く趙の猛将・万極をはじめとする各国の強者たちが集っていた。
『キングダム 魂の決戦』は、シリーズ第4作として、原作でも人気の高い「合従軍編」の一端を映像化した作品である。
公開前から、山﨑賢人演じる信と吉沢亮演じる嬴政、そして迫り来る趙軍との激突に期待が集まっていた。
しかし、本作を観てまず感じたのは、山田裕貴演じる万極を中心に据えた構成に、あまり新鮮味を覚えなかったという点だ。
万極は、本作で初めて登場するキャラクターではない。
すでに前々作『キングダム2 遥かなる大地へ』から姿を見せており、その狂気じみた思想や秦への憎悪は、シリーズのファンであれば十分に知っている。
もちろん、山田裕貴の怪演は見事である。どこか壊れた人間特有の危うさをまとい、「趙の民の恨み」を背負った男として強烈な存在感を放っている。
だが、物語の大きな軸として万極を前面に押し出されると、「また万極か」という感想が先に立ってしまう。
合従軍編の魅力は、多数の国と将軍たちが入り乱れる群像劇にある。
原作では汗明や媧燐、李牧といった個性的なキャラクターが次々と登場し、戦局がめまぐるしく変化する。
その壮大さこそが、このエピソード最大の魅力だ。
それだけに、134分という上映時間の多くを万極と信の対立に費やしたことには、やや疑問が残る。
近年の映画界を見ると、その常識は大きく変わりつつある。
『国宝』が約3時間という長尺にもかかわらず、多くの観客を惹きつけたことは記憶に新しいし、『鬼滅の刃 猗窩座再来』のように、一つのエピソードをじっくりと描く作品も成立する時代になった。
観客は、面白ければ長さを必ずしも苦にしないのである。
そう考えると、原作屈指の長編である合従軍編を、ほぼ万極のエピソードだけで134分にまとめてしまったのは、少々不親切だったのではないかと思う。
もちろん、製作サイドにも事情はあるだろう。
シリーズを継続させるためには、興行収入を維持し、次作への期待をつなげる必要がある。結果として、本作は「合従軍編・前編」とも言うべき立ち位置になっている。
しかし、観客の立場からすれば、「ここで終わるのか」という印象は否めない。
むしろ、思い切って前後編と銘打つか、あるいは三時間超の一本にしてしまった方が、合従軍編のスケール感はより伝わったはずだ。
特に、李牧の策略によって各国が連合し、秦という国家そのものが存亡の危機に陥るという物語の大きさを考えると、本作はどうしても「序章」に見えてしまう。
豪華キャストを揃えながら、その多くが顔見せ程度に終わっているのも惜しいところである。
とはいえ、不満点ばかりではない。
信が敵陣を駆け抜ける迫力あるアクション、そして邦画としては破格のスケールで描かれる戦場描写は、シリーズならではの魅力だ。
要潤演じる騰を始めとしてアクション演出は安定しており、大スクリーンで観る価値は十分にある。
合従軍編という巨大な物語をどう映像化するのか。
その答えとしては物足りなさを感じる作品ではあったが、エンターテインメントとしての力は失われていない。
少なくとも、アクションものとしてはまずまず面白かったと言えるのではないだろうか。
