映画『ブルーロック』
W杯サッカーの興奮が冷めやらなかったからか。
普段なら観ないタイプの映画を観てしまった…。
<ストーリー>
サッカー日本代表は長年の得点力不足を打開するため、極秘プロジェクト「青い監獄(ブルーロック)」を立ち上げる。
集められた300人の高校生ストライカーは数々のトライアルを受け、最後に勝ち残った者だけが世界一のストライカーになれるという。
その一方で、脱落者は日本代表入りの資格を永久剥奪されるという残酷な条件もあった。
日本代表のエースストライカーになりW杯で優勝するという夢を持つ無名の高校生プレイヤー・潔世一は、人生を変えるべく参加を決意する。
他の299人の参加者に比べ突出した身体能力を持たない潔だったが、ピッチ全体を見渡す高い空間認識能力とゴールを追い求める強い意志を武器に、熾烈なサバイバルに挑んでいく。
映画『ブルーロック』を観て、改めて思った。
日本映画は、野球やサッカーといった人気スポーツを実写で描くことが、やはり苦手だ。
もちろん例外はある。野球なら『ROOKIES-卒業-』があり、これは興行収入85億円を記録し、2009年の実写映画で年間1位となった大ヒット作だ。
また『バッテリー』のように、野球そのものよりも少年たちの人間関係や成長を中心に描いた作品もある。
日本野球機構まで推薦映画に選んでいる。
しかし、野球映画を真正面から「スポーツの迫力」で見せようとすると、途端に難しくなる。
『逆境ナイン』などは、そもそも原作者自身が「映像化は無理」と語ったほどの超絶スポ根漫画だった。
そしてサッカーとなると、さらに厳しい。
SMAP主演の『シュート!』は話題性こそあったものの、現在の評価を見ると決して高いとはいえない。
なぜなのか。
スポーツには、本来なら「リアリティ」が必要だからだ。
実際の選手がボールを蹴り、走り、競り合う。
その身体能力やスピードを映画として成立させるには、俳優の演技だけではどうしても限界がある。
CGを使えば派手にはできるが、今度は現実のスポーツから離れてしまう。
その問題をさらに突き詰めたのが『ブルーロック』だ。
原作は累計発行部数6000万部を突破した人気サッカー漫画で、300人の高校生FWを一か所に集め、たった一人の世界一のストライカーを育成するという設定である。
敗者には日本代表入りの資格を永久に失わせるという、とんでもないサバイバルだ。
そもそも、こんな施設が現実に存在するわけがない。
高校生を300人集め、勝ち残りを競わせ、「チームプレーよりエゴが重要」と説く。
これはスポーツ映画というより、ほとんどSFやファンタジーの世界である。
だからこそ、漫画やアニメなら成立する。
現実では不可能な身体能力も、異常な必殺技も、極端なキャラクター造形も、アニメーションなら「そういう世界」として受け入れられる。
しかし、それを生身の俳優が演じると、途端に「いや、そんな高校生はいないだろう」という違和感が前面に出てくる。
『ブルーロック』の問題は、荒唐無稽だからではない。
このプロデューサー陣が、荒唐無稽なものを実写という現実の器に入れてしまおうと思ったことにある。
いくら世界的に人気があろうと、どんなにCGが発達しようと、『キャプテン翼』を実写映画化しようとは思わない、普通。
今年の夏休み興行を見渡しても、大作として劇場に足を運びたくなる作品は、結局アニメ中心である。
だったら、この灼熱の中をわざわざ映画館まで出かけるより、冷房の効いた自宅でNetflixやAmazon Prime Videoを眺めているほうが得策ではないか。
映画館に行くなら、「劇場で観る意味」がある作品を観たい。
少なくとも『ブルーロック』を観終わった今、そんなことを考えてしまった。
