映画『劇場版 緊急取調室 THE FINAL』

天海祐希主演の人気テレビドラマ「緊急取調室」のシリーズ完結編となる劇場版である。
と書きながら、実はテレビシリーズをそんなには観ていなかったのだが…。
(なんか、お正月興行弱い気がするんだが…。福田雄一作品は、もういいだろ…)

<ストーリー>
可視化された特別取調室で厄介な被疑者と対峙する捜査一課の取調べ専門チーム「緊急事案対応取調班=通称・キントリ」。
超大型台風の連続発生により日本が非常事態に陥る中、内閣総理大臣・長内洋次郎が災害対策会議に遅れて到着したことから、その「空白の10分」を糾弾する男・森下弘道が長内総理を襲撃する事件が起こった。
真壁有希子らキントリチームは取調べを開始するが、森下は犯行動機を語らず、長内総理との面会を要求。
そんな中、長内総理にある疑惑が浮上し、真壁は真相解明のため長内総理の事情聴取に乗り出す。

映画『劇場版 緊急取調室 THE FINAL』は、シリーズの集大成として十分に楽しめる一本だった。
天海祐希演じる真壁有希子を中心にした緊迫した取調シーンは健在で、安定した面白さを感じたことはまず記しておきたい。
(まあ、冒頭に書いたように、そんなに観てたわけでもないのだが(笑))

ただし、本作について語るとき、どうしても引っかかる点がある。
それは宣伝の打ち出し方だ。
公開前から繰り返し強調されていたのは「総理大臣を取り調べる」という一点であり、確かにインパクトは強い。
しかし実際に映画を観ると、物語の本質的な面白さは、そこだけに集約されるものではなかった。

むしろ印象に残ったのは、台風という大規模災害が発生する中で、自衛隊や武器の使用がどのような法解釈のもとで運用されるのか、そしてその判断を下す政府がいかなる責任を負うのか、という点である。
災害時には平時とは異なる判断が求められるが、それでも法の枠組みが消えるわけではない。
その微妙で危うい綱渡りを、取調という形式を通して浮かび上がらせていく構成は、非常に社会派ドラマとしての手応えがあった。

総理大臣の取調という設定も、単なる話題作りではなく、本来はその判断の重さや孤独を描くための装置だったはずだ。
国家を守るための決断が、結果として誰かを切り捨てる可能性を孕んでいること、その責任を誰がどのように引き受けるのかという問いは、極めて現代的である。
緊急取調室というシリーズが一貫して描いてきた「権力と個人」の対峙が、災害と安全保障という文脈で更新されていた点こそ、本作の核だった。

それだけに、宣伝が「総理大臣を取り調べる」という刺激的なフレーズに過度に依存していたのは惜しい。
あの切り口では、単なる奇抜な設定の娯楽作だと誤解されかねない。
実際には、法と現実の乖離、非常時におけるルールの意味、そして政治の決断がもたらす影響を正面から描いた、骨太な社会派エンターテインメントだった。

もし災害時の自衛隊運用や政府判断というテーマを前面に押し出していれば、本作は「シリーズ完結編」という枠を超えて、より広い層に評価されたのではないかと思う。
映画自体は面白かった。しかし、その面白さが十分に伝わりきらなかったとしたら、それは内容ではなく、宣伝の問題だったのではないだろうか。
シリーズの終幕としてだけでなく、現代日本を映す一作として、もっと語られてよい映画である。