直木三十五さん

先日、横浜南税務署に用事があり(念のために言っておくが、自分の税務関連で呼び出されたわけではない)、その近所にある長昌寺、直木三十五の墓にお参りをして来た。
文筆を生業としている者として、割と近い土地に住んではいるので、以前より行きたいとは思ってはいたが、とはいえ、直木賞などというものにはとんと縁もないし、お寺さんが駅からは遠い場所に位置しているので、少し行くことに逡巡していたのだ。
意外なことに、墓自体は、墓石含め質素で普通のお墓だったのだが、ご利益があると思ったのか、それとも直木賞を目指している小説家なのかはわからないが、なぜかお墓にお賽銭を供えている者がいた。
これは、お寺の方でも、賽銭箱に入れられたものならともかく、お墓の上にちょんと乗せてある小銭を、賽銭として扱ってよいものかどうか迷うだろうなあ、などとくだらないことを考えながら、私自身も、一応(五円だけ)お供えしてみた。

話は変わるが、私はバツイチなのだが、お墓についていうと、元妻とはまったく根本にある思想みたいなものが違うなあ、と感じることが多かった。
私は、鎌倉育ちとは言っているが、実際には、東京の愛育病院(悠仁様と一緒!)で生まれ、小学校までは東京で過ごした。しかも、世田谷、杉並、中野と引越しを繰り返してきたので、土地(=土)に対しては何のこだわりもない。
しかし、元妻は田舎の出身で、その家も何代か続いて住んでいる土地だし、親戚も、そのあたりにたくさん住んでいたので、そここそがまさにホームであって、お墓はもちろん、土地(=土)に対する思い入れもすごく濃かったことを覚えている。(だったら、「東京なんか出てこなきゃよかったのに」なんて、身もふたもないことは間違っても言っていないので、その感覚のズレが離婚原因ではないと思う…)

まあそういう私も、両親が亡くなり、家を継いで一軒家に住んでみると、なるほど土地(=土)に対してこだわりを持つ人がいるのもわからなくはないなとは、最近は思ってきた。
とはいえ、一軒家は寒くて、やはりマンションに住んでいたころが懐かしいなあ、というのが本音ではある。

長くなったので、今日はここまでに。

※私は、街中華が好きで、鎌倉や大船などでもよく食べるのだが、次回からは、そういう話も書いてゆこうと思っている。