映画『クライム101』

2月にヨーロッパに旅行に行ったのだが、この映画の公開週と被ってしまい、ちょうど観損ねた作品だった。
(向こうでも公開してたが、さすがに観なかった 笑。アマプラで早くやってくれた良かったよ)

<ストーリー>
高級なスーツと時計を身に着け、悪者だけをターゲットにし、痕跡は一切残さない。
そして、必ずアメリカ西海岸線を走るハイウェー101号線に出没するという独自のルールのもと、白昼堂々、狙ったものを確実に奪う犯罪者デーヴィス。
4年間にわたり一切のミスもなく完璧な犯行を繰り返してきた彼は、人生最大の大金を得るため、高額商品を扱う保険会社に勤めるシャロンに接触し、共謀を持ち掛ける。
しかし、その選択が思わぬ綻びを生む。
1100万ドルの宝石をターゲットにしたシャロンとの裏取引は成功したかに思えたが、犯罪組織や警察、そしてデーヴィス捜査網を敷くルー刑事らの思惑が絡み合い、彼の犯罪計画とルールは次第に崩れていく。

スタイリッシュな映像美と豪華なキャストで話題を呼んだ映画『クライム101』。
本作は、ロサンゼルスの美しい街並みと、底に流れる乾いた孤独感を見事に融合させた「コンテンポラリー・LA・ノワール」として仕上げられている。
全編を覆う空気感や、プロの犯罪者とそれを追う刑事が織りなす息詰まる攻防戦は、まさにマイケル・マン監督の名作『ヒート』の系譜に連なるものだ。

確かに、主人公のマイクが女性に対して見せる、どこか不器用でありながらも紳士的で思いやりのある接し方は、『ヒート』でロバート・デ・ニーロやアル・パチーノが体現したクラシカルな男の哀愁や美学を彷彿とさせる魅力がある。
そこには間違いなく、古き良きハードボイルドの遺伝子が受け継がれている。

しかし、往年の傑作たちと比較してしまうと、どうしても物足りなさが目立つ。
最大の誤算は、このジャンルの最大の「売り」となるべきアクションの弱さだ。
銃撃戦やカーチェイスの緊迫感はどこか中途半端で、胸を熱くさせるようなダイナミックなカタルシスに欠ける。

さらに、主人公のマイク自身が犯罪者としてあまりにも「弱い」。
冷徹にシステムを出し抜くプロフェッショナルとしての凄みが薄く、どこかナイーブで脇が甘い。
ライバルの台頭や予期せぬトラブルに翻弄される姿からは、絶対的なカリスマ性が感じられず、クライムサスペンスとしての緊張感を削いでしまっている。

そして何より納得がいかないのは、その幕引きだ。
物語のラスト、あれほど執念深くマイクを追い詰めていたはずの刑事ルーが、最終的に彼を見逃すというあまりにも綺麗すぎるハッピーエンドへと着地する。
主要キャラクターたちがそれぞれ救われ、前を向いて新しい人生を歩み出すかのような描写は、あまりにも楽観的でぬるい。
犯罪に手を染めた者が背負うべき因果応報や、引き返せない闇の深さといった、クライム物特有のほろ苦い余韻やカタルシスはそこにはない。
ただただ漂う「いい話風」の結末に、ノワール映画としての鋭さは完全に失われてしまった…。