『バレリーナ THE WORLD OF JOHN WICK』

「ルスカロマ」という組織は、おそらく第三作『パラベラム』からではないだろうか。
私は、実は第二作『チャプター2』までしか見ていなかった。
ゆえに「ハイテーブル」は理解しているが、「ルスカロマ」のことを知らなかった。
そして、今回の作品は、初登場する<暗殺集団(名前忘れた…)>と「ハイテーブル」「ルスカロマ」の相関図を説明しなければ、語ることはできない…。
いや、やめておこう。それをやると、ほぼネタバレになってしまう。
ゆえに、私のブログでは、主演のアナ・デ・アルマスについて語ることにする。

<ストーリー>
伝説の殺し屋ジョン・ウィックを生み出した組織「ルスカ・ロマ」で殺しのテクニックを磨き、暗殺者として認められたイヴは、ある殺しの仕事の中で、亡き父親に関する手がかりをつかむ。
父親を殺した暗殺教団の手首にあった傷が、倒した敵にもあったのだ。
コンチネンタルホテルの支配人・ウィンストンとその忠実なコンシェルジュのシャロンを頼り、父親の復讐に立ち上がるイヴだったが、教団とルスカ・ロマは、はるか以前から相互不干渉の休戦協定を結んでいた。
復讐心に燃えるイヴは立ち止まることなく、教団の拠点にたどり着くが、裏社会の掟を破った彼女の前に、あの伝説の殺し屋が現れる。

ジョン・ウィック・シリーズからのスピンオフ作品として制作された『バレリーナ THE WORLD OF JOHN WICK』は、やはり世界観そのものが強烈な個性を放っている。
ガンフーと呼ばれる独自のアクション、裏社会を貫くルールと掟、そして<ハイテーブル>という支配構造。
観客はすでにその美学を共有しているが、スピンオフ作品ではそれ以上に「誰が主人公なのか」が問われる。
今回、その中心に立ったのがアナ・デ・アルマスだ。

彼女はこれまでも『ブレードランナー2049』や『ナイブズ・アウト』で印象的な役柄を演じ、観客の記憶に残る存在感を示してきた。
特に『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』での短い登場シーンは、むしろジェームズ・ボンド以上にスクリーンを支配していたとすら思える。
数分のアクションで、観客の視線をすべてさらい取ったあの姿は、彼女がアクション女優としても通用することを証明した瞬間だった。

本作『バレリーナ』において、その予感が大きく花開く。
アナ・デ・アルマスのアクションは、単なる体技や銃撃戦ではなく、しなやかさと気品を伴っている。
彼女が舞うように敵を倒すとき、そこには文字通りバレリーナ的な美が宿る。
ジョン・ウィックの無骨で孤独な戦いとは異なり、彼女の戦闘にはある種の優雅さが漂う。
それは決して甘さではなく、むしろ冷徹さを包み込む美しさといえる。

さらに彼女の魅力は、ただのアクションだけに留まらない。
アナ・デ・アルマスは目線ひとつ、表情ひとつでキャラクターの心情を語ることができる。
怒りや悲しみ、迷いを抱えながらも、戦うことを選び取る。
その内面の揺らぎが、彼女の演技によってスクリーンから観客へと直接伝わってくる。
ジョン・ウィックというキャラクターが「復讐の化身」だとすれば、彼女は「生き延びるための闘い」を体現しているのだろう。

そして何よりも、アナ・デ・アルマスという女優は、いま最も「スクリーンが彼女を求めている存在」だと感じる。
彼女が登場することで、作品全体の温度が上がり、観客はその余韻に浸る。
『バレリーナ』は、ジョン・ウィックの世界観を補強する以上に、アナ・デ・アルマスという才能のステージを用意することに成功した映画だ。

結局のところこの作品は、シリーズを知るファンにとっても、アナ・デ・アルマスをスクリーンで堪能したい観客にとっても、十分な満足を与える。
アクションの流麗さ、感情表現の奥行き、そして存在そのものの華やかさ。
彼女が主役である限り、この物語には未来があると信じられる。