映画『ザ・ブライド』
同じ日に『フランケンシュタイン』とともに観た作品。
スケジュールの都合でそうなったとはいえ、「フランケンシュタイン」二連発はハードだった(笑)。
<ストーリー>
1930年代のシカゴ。自らを創造した博士の名前であるフランケンシュタインを名乗って生きる怪物は、人間たちから忌み嫌われ、誰とも心を通わせることなく過ごしてきた。
孤独に耐えきれなくなった彼は、高名な研究者・ユーフォロニウス博士に伴侶を創って欲しいと依頼する。
ユーフォロニウス博士は事故死した女性の遺体を墓から掘り起こし、フランケンシュタインの花嫁・ブライドとしてよみがえらせる。
フランケンシュタインとブライドはある事件をきっかけに追われる身となるが、2人の逃避行は人々や警察を巻き込み、やがて社会全体を揺るがす革命へと突き進んでいく。
メアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』は、科学と倫理、人間の孤独を描いたゴシック文学の金字塔である。
その中でも「創造された存在」が愛や承認を求めながらも社会から拒絶される構図は、後の数多の派生作品に影響を与えてきた。
本作『ザ・ブライド!』は、その系譜に連なる作品でありながら、単なる翻案にとどまらず、「ブライド」という存在に焦点を当てることで、原典とは異なる視点から物語を再構築している点が興味深い。
いわば、怪物の“伴侶”として創られた存在が主体となり、自らの意思で世界を彷徨う物語へと転化しているのだ。
物語は、創造主によって生み出されたブライドが、自らの存在意義に疑問を抱きながら逃亡するところから始まる。
その構造は明らかにロードムービーの系譜に属している。
『ボニー&クライド』や『テルマ&ルイーズ』に見られるような、「社会から逸脱した者たちが旅の中で絆を深め、やがて破滅へと向かう」という流れが、本作にも色濃く反映されている。
逃避行の中で出会う人々、束の間の安息、そして常につきまとう暴力の影。
それらが断片的に積み重なり、ブライドという存在の輪郭を浮かび上がらせていく。
同時に本作は、近年のアンチヒーロー映画の文脈にも位置づけられるだろう。
象徴的なのが、ブライドの顔にある痣である。
それは単なる外見的特徴にとどまらず、「社会からの烙印」として機能している。
そして、その痣が作中である種の“象徴”として広まり、模倣されていく様子は、『ジョーカー』におけるピエロメイクの流行を想起させる。
つまり本作は、抑圧された個人が暴力や逸脱を通して自己を表現し、それが結果として社会的ムーブメントへと変質していく過程を描いているのである。
内容面において特筆すべきは、ブライドの内面描写の繊細さだ。
彼女は単なる被害者でもなければ、完全な加害者でもない。
むしろ、その両義性こそが彼女の魅力であり、観客を惹きつける要因となっている。
愛されたいという切実な欲求と、拒絶され続けたことによる怒り。
その相反する感情がせめぎ合う中で、彼女は次第に“怪物”としての自覚を強めていく。
このプロセスは、原作『フランケンシュタイン』における怪物の苦悩とも共鳴しており、作品全体に重層的な深みを与えている。
また、映像表現においても本作は非常に野心的である。
荒廃した風景や退廃的な都市の描写は、登場人物たちの精神状態を反映するかのように不安定であり、観る者に強烈な印象を残す。
暴力的なシーンの演出も容赦がなく、観客に不快感すら抱かせるが、それこそが本作の狙いでもあるのだろう。
美しさと醜さが同居する映像は、ブライドという存在そのものを象徴している。
前回書いた『フランケンシュタイン』同様、❝スリラー❞ムービーとしてグロテスクなシーンは多かった。
しかし、私が好きな映画であったことだけは記しておきたい。
