映画『沈黙の艦隊 北極海大海戦』
以前も書いたが、私は「潜水艦もの」が大好きだ。
『沈黙の艦隊 東京湾大海戦』も面白かったし、この映画にももちろん期待していた。
<ストーリー>
日本政府が極秘に建造した高性能原子力潜水艦を奪い、独立国「やまと」建国を世界に宣言した海江田四郎は、その卓越した操舵で数々の海戦を潜り抜け、東京湾での大海戦で米第7艦隊を圧倒した後、国連総会へ出席するためニューヨークへ針路をとった。
そんな中、アメリカとロシアの国境線であるベーリング海峡にさしかかったやまとの背後に、ベネット大統領が送り込んだアメリカの最新鋭原潜が迫り、流氷が浮かぶ極寒の海で潜水艦同士の激しいバトルが幕を開ける。
一方、日本ではやまと支持を表明する竹上首相を中心に、衆議院解散総選挙が実施される。
まずまず面白かった。
しかし、前回の『東京湾大海戦』の方が面白かった。
そう感じた最大の理由は、前回登場していた玉木宏演じる深町という存在がいなかったことだ。
彼がいたからこそ、大沢たかお演じる海江田のキャラクターに奥行きが生まれていた。
理想を掲げ、国家や軍という巨大なシステムに挑む海江田を、人間として引き戻していたのが深町だった。
敵でありながら、どこかで通じ合っている二人の緊張関係が、作品全体に厚みを与えていたと思う。
今回はその構図が消え、物語の中心が「理想のために戦う海江田」という単線的なものになってしまった。
結果として、スケールは大きくなったが、ドラマとしての密度はやや薄まった印象だ。
もうひとつ、個人的に、ある意味「残念」だったのは、ベイツ兄弟との北極海での戦いが、すでにコミックで読んでしまっていたことだ。
『沈黙の艦隊』の原作は、バトルの展開も政治的駆け引きも、すでに完成された名作だ。
そのため、映像で見ても「ああ、ここでこうなる」と先が読めてしまう。
映像自体の完成度は高い。CGによる氷海の表現、潜水艦同士の緊迫した攻防、音響の臨場感など、邦画としてはかなりの水準に達している。
しかし、サスペンスの「初見の驚き」がないぶん、どこか安全運転に見えてしまうのだ。
もっとも、これは本作の欠点というより、原作付き作品の宿命ともいえる。
監督の吉野耕平は、原作の思想性とエンタメ性のバランスを保ちながら、グローバルな視点で描こうとした。
その努力は十分に伝わる。
だが、「国家とは」「独立とは」というテーマを再び提示する以上、前作を超える人間ドラマか、あるいは新たな政治的視点が欲しかった。
深町がいない今、海江田を映し出す鏡のような新キャラクターが必要だったのではないかと思う。
それでも、作品全体の完成度は高い。
特に、北極海の白と青のコントラストの中に潜む「静かな戦争」の美しさは印象的だった。
邦画ではあまり見られないスケール感で、ハリウッド的手法を日本的文脈に落とし込んでいる。
大沢たかおの演技も、前作よりも抑えたトーンで、理想に殉じる男の孤独がよく出ていた。
ラストにかけての「戦いの終わらせ方」には、海江田という人物の哲学が凝縮されており、そこには確かな重みがあった。
『国宝』『宝島』『沈黙の艦隊』など、邦画も製作費をかけた「大作」が増えてきた。
それは、AMAZON PRIME、Netflixはじめ、様々な「出口」をミックスすることで、大きな売り上げが見込める可能性が出てきたことが大きい。
しかし、それには「海外でもうける」という大きなハードルが加わる。
『沈黙の艦隊』のような洋の東西を問わないエンターテインメント作品を製作するのか?
はたまた『国宝』のような日本オリジナルな文化を描いてゆくのか?
いずれにしろ内向きな製作者や演出家は、淘汰されてゆくのだろう。
